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第二十四章(魔術師ソレイル)

 

 ユルセルーム歴一九一三年一二月二七日。

 リゲルは遂に、旅の目的地アウロンの城門をくぐった。

 街は、その規模に比べると不思議なくらい穏やかで、喧騒とは縁がないかのような穏やかな雰囲気が、南の地から来た彼らを迎え入れたのだった。

 そして一行は、早速その宮殿へと足を運んだ。

 アウロン宮殿はその市街の中心に位置しており、それはストラディウムの宮殿と比較すると小さいながらも、一種不思議な雰囲気に包まれていた。

 この宮殿は何回にもわたって建て替えられていたものの、大戦以前にはこの場所に妖精王リミンが住んでいたのだ。そして、その時代の面影がそれ以後の建物にも受け継がれているのは当然と言えば当然で、現在のこの宮殿も不思議な妖精族の香りに包まれているのだった。

 しかし、今日この宮殿でアウロンの街を統治しているのは、アウル・アエンダでも他の妖精族でもなかった。今この街を治めているのはセイヌ・ユルホーマーという鳥人族の女性だった。

 鳥人族は、妖精族や龍人族と違い、人間族と同じように限りある命を与えられた種族だ。そんな彼女がアウロンの大公を務めているのは、ひとえにアウル・アエンダの衰退によるものと言っても良いだろう。

 長く苦しかった大戦以来、アウル・アエンダの多くはこのユルセルームから姿を消してしまった。大勢の海の妖精がデュラ軍の刃にかかって命を落とし、大戦を生き延びた者のほとんども、同胞の血で汚されたこのアウロンの浜道を捨て、南の海へ新たなる美しい海を求めて旅立ったと言われている。そしてほんの僅かに残ったアウル・アエンダ達には、もう自らの国を建てるだけの活力が失われており、彼ら以外の妖精族達にも、その性格上、一国の元首になろうとする者はいなかった。

 そしてそれ以来、アウロンの国には人間族や獣人族、そして半妖精の者がその大公の地位に就いてきたのだった。

 現在のアウロン大公であるセイル・ユルホーマーは、役人の報告でリゲル達の到着を知ると、数名の側近の者を引き連れて謁見の間に向かって行った。そして、その入り口である扉の前まで来ると、大公は側近の者たちに言葉をかけた。

「遂に来るべき時が来ました。私はこの日が来るのを大いに期待し、またとても恐れてもいました。しかし、これはいつかは通らなければならないこと。貴方たちも、心してリゲル殿下をお迎えするが良いでしょう。」

 

 

「よくぞ、遠路はるばるこのアウロンまでおいでくださいました。どうぞ、硬くなさらずにお顔をお上げください。」

 ユルホーマー大公は、謁見の間に入るとリゲルを見るなりそう言って微笑んだ。

 シルバーランドの正装に身を包んだリゲルは、これからファラノウム王にでも相対するかのようにかしこまっていたが、その彼女の言葉に誘われるがままに立ち上がり視線を上げると、自分よりも背の高い大公の顔を見た。

 大公の顔は、まるで大きな一輪の花のように輝いており、リゲルはその力強く優しげな雰囲気に自らの心が包まれていくのを感じた。

「シルバーランドのリゲルでございます。」

彼は軽く会釈をしながらそう自己紹介した。

 しかし、ユルホーマーはその言葉を聞いていたのかどうか、親近感溢れる態度で、翼の生えた腕をリゲルの背中に回すと、彼を隣の応接間の方へと連れていった。

 そしてリゲルは、大公に勧められるがままに座り心地の良いソファーに腰を下ろし、彼女の言葉を待った。

 ユルホーマー大公は、リゲルの正面に腰を下ろすとようやく口を開いた。

「あなたが来ることは、ずっと以前から存じておりました。そして、あなたが遥々このようなところまでやってきた理由も。」

「‥‥‥といいますと。」

「そう、あなたも知ってのとおり、確かにソレイル郷はこのアウロンにおいでです。そして、いつかあなたがここを訪ねて来られるであろうことも、既に遠い昔に彼から聞いております。彼もこの日が来るのを一日千秋の思いで待ち続けていたことでしょう。」

 それを聞いたリゲルの表情が明るくなり、彼は先を急ぐかのように尋ねた。

「彼はこの宮殿にいるのですか?」

 その問いに対して、大公は表情を全く変えずに答えた。

「いいえ。彼はこの宮殿ではなく、イーヴォ神殿に身を置いています。イーヴォの恩恵が、彼を暗黒皇帝の目から隠しているのです。」

「イーヴォ神殿‥‥‥。」

「ええ。多分、今の暗黒帝国は、ソレイル郷が生きていることさえも知らないでしょう。」

 ユルホーマーは言葉を続けた。

「あなたは今、最後の選択の機会を迎えています。今ならソレイル卿に逢わず、ストラディウムに引き返すこともできます。あなたがこれから踏みだそうとしている運命は、一人の人間が背負い切るにはあまりに大きすぎます。もし、ここで引き返したとしても、誰もあなたのことを恨むことはできないでしょう。」

 彼女の言葉に対して、リゲルはその深く澄んだ瞳を向けて言った。

「そのことは、すでにストラディウムを発つ前に心を決めています。そして何よりも、今回の旅で、私はユルセルームの人々の願いをこの身体一杯に感じてきました。私のこの気持ちは誰にも止めることはできません。それが、たとえメディートの意志であったとしても。」

 ユルホーマーは、そう言ったリゲルの青緑色の瞳に一点の曇りもないことを確かめると、ゆっくりと小さくうなずいて静かに声を掛けた。

「それでは早速イーヴォ神殿に向かいましょう。なにしろ、あなたにはもう余り時間が残されてはいないのですから。」

「‥‥‥?」

「実は、ソレイル郷は今、その命の最期の時を迎えようとしているのです。十五年という年月は、生に限りある人間にとって決して短い時間ではなかったのです。彼もまた、大きな運命と共に生き続けてきたのです。明日という奇跡に向かって。さあ行きましょう、魔術師ソレイルの元へ。」

 

 

 彼らは謁見の間を通って廊下に出ると、外で待っていたケルベロス達と合流してイーヴォ神殿へと向かった。

 その途中、ユルホーマーは十五年前の経緯をリゲルに語った。

「彼は十五年前、シルバーランドが暗黒帝国に敗れたとき、ストラディウムにその身を預けました。しかし、ストラディウム国王ジルタニア陛下は、彼をストラディウム本国に置こうとはしませんでした。何故なら、ストラディウムというところは、彼のような人物を匿うには余りにも目立ちすぎるところだからです。そのような場所では、いくら慎重であっても、いずれは帝国に感づかれてしまいます。そこでジルタニア陛下は、私にソレイル郷を匿うように願われました。そして私は、妖精王の時代からの盟約に従ってストラディウムに協力し、彼を今日までこのアウロンに匿い続けて来たのです。」

 そして、彼女はそれ以上のことは何も語らなかった。しかし、この場にいる四人は、ソレイルの生涯にその心を痛めた。

 彼らは、暗黒帝国打倒のために今こうしてアウロンまでやってきたが、ソレイルは実に十五年もの間、このような運命にその命を捧げてきたのだった。

 リゲルは、心の深くにある自らの使命を想った。

 ソレイルの言葉を、心の叫びを胸に焼き付けなければならない。

 ソレイルの生涯の祈りを、聞き届けなければならない。

 そして一行は、ソレイルの待つイーヴォ宮殿にその足を速めたのだった。

 

 

 この地のイーヴォ神殿は、南方諸国のものに比べると小さく質素だったが、それは、アウロンの主神が海の神アウルであったからでもある。

 リゲルは、イーヴォ神殿に着くと、皆には控えの間で待つように言って、一人、ソレイルが待つ寝室へとその足を踏み入れた。

 その部屋は多くの花に飾られており、部屋全体が、窓から差し込む太陽の光を浴びて七色の色彩を放っていた。ほのかな花の香りが室内を満たし、それはまるで、どのように傷ついた人間の心をも鎮めるかのようだった。

 そして、中央には大きな寝台が一つ置かれており、そこに一人の老人が横たわっていた。

 リゲルは一時、その老人の姿を見つめていたが、やがてゆっくりとその寝台に近寄って行った。

 老人は不意に、しかし静かにその目を開けると、彼の側に立つ少年の姿を見た。

 リゲルが寝台の側に膝をつくと、二人は数秒の間、お互いの顔をよく確かめ合った。

 そして、病の床についているはずのソレイルの瞳に生気が甦った。

「やはり生きておいででしたか、リゲル殿下。私はこの日が来るのを一日千秋の思いで待ち続けておりました。」

 ソレイルは病に弱った身体を起こそうとしたが、リゲルはゆっくりと首を振ると、彼を押さえて再びベッドに横たえた。

「ソレイル卿。長い間苦労をかけました。何と言えば良いのか、言葉が見つからない‥‥‥。」

 ソレイルは、そう言って彼の手を握るリゲルに向かって静かに微笑んだ。

「何も言いなさるな。全てはイーヴォのお導きのまま。私は、今こうして殿下とお逢いすることができ、そして今までの行い全てが報われているのです。」

 ソレイルは腕を伸ばし、リゲルの頭を引き寄せると、彼を静かに抱きしめた。

「私は十五年前、あの美しき宝石宮殿が暗黒帝国に堕ちる日の前日に、国王オピニオン二世陛下の勅命により、密かにシルバーランドを脱出しました。それは、ある書物を帝国軍の手から逃し、いずれ訪れるであろう聖なる力を継ぐ者に伝えるためでございました。」

 彼はそう言ってリゲルの身体から手を離すと、何か短い呪文のようなものを唱えた。

 すると、寝台の側の床に、一つの金属製の箱が姿を現した。

 リゲルはゆっくりとその箱に手を伸ばすと、ソレイルに促されて蓋を開けた。

 その中には、一巻きの書物が収められていた。

「それこそが、暗黒帝国皇帝を打ち倒せる唯一の方法が記されている書物です。」

 リゲルは、その本を箱の中から取りだした。

 本は大半の部分は揃っていたが、どうやら前半の一部がちぎれてしまっているようだ。

「残念ながら、その本の一部は、私が帝国軍の追撃から逃れるときに失われてしまいました。今となっては見つけ出すことはできますまいが、失われた部分には、この本を解読するためのカラクリが記されていたのです。あるいはファラノウムの学者なら、このカラクリを解けるやも知れませんが。」

 その時リゲルは、腰に着けた小さな袋の中から一冊のちぎれた巻物を取りだした。それは、あの日ギュノンの街で、帝国軍に追われているところを助けたあの男から託されたものだった。その男は、リゲルとケルベロスにこの巻物を託すと命を落としたが、その本は紛れもなく、今ソレイルが言っていた、本の残りの部分だった。

「そ、それは‥‥‥。」

 ソレイルは驚いたと同時に、何か不思議な運命がこの王子を取り巻いていることを知った。

 彼は、ひとしきりリゲルの顔を良く眺めると、ゆっくりと目を閉じた。

「これでやっと、この私の使命も終わりを告げました。私は間もなくメディートの御許へと行かなければなりません。この年老いた私の心は今、運命という神々の奇跡に喜びで満ち溢れております。」

 ソレイルの手をしっかりと握るリゲルの瞳から、次々と純銀の涙がこぼれ落ちた。しかし、それは決してソレイルとの別れのために流されたものではなかった。彼は、ソレイルという大いなる魔術師が成し遂げた運命に強く心を打たれていた。ソレイルの輝くべき生の姿を垣間見たリゲルは、その愛と正義と勇気に、涙を流したのだった。

「殿下、さあお行きください。そして必ずや、再びあのシルバーランドに平和の旗を掲げ、このユルセルームを真の愛と平和の大陸へとお導きください。大いなる星々の輝きが、あなた様の道しるべとならんことを。」

 そしてリゲルは涙を振り払い、ゆっくりと立ち上がるとソレイルの手から自らの指を引き離した。

「ありがとう、ソレイル。高貴なるイーヴォの魂よ。」

 少年は振り返らなかった。いや、振り返ってはならなかった。彼は未来へと歩んで行かねばならなかった。運命の魔術師ソレイルのために。そしてユルセルームの人々のために。


第二十五章(帰還)

 

「‥‥‥そして偉大なる建国王ケンタウリ、押し寄せる鬼族、魔族を打ち払わんとす。それは、至上神ハヴァエルの加護を得し者か。そして地上に唯一、聖なる力を持つ者。ケンタウリ、三つの聖なる武具を太陽に掲げ、あるいは高き星々に掲げ、無頼なる暗き者共を退散す‥‥‥」

───シルバーランド建国記より

 

 

 一行はアウロンを後にした。

アウロンには僅か二日間滞在しただけだったが、彼らは多くの収穫をこの土地で得ることができた。そして、力強い味方をも獲得することができた。

 それというのも、大公のユルホーマーが今後の彼らへの協力を強く約束してくれたのだ。アウロンという土地は、北はデュラに隣接しており、東からは暗黒帝国の驚異が迫っているという境遇に置かれている。旧統一王朝系の国々に助力を惜しまないのは当然と言えたが、それでも、あらためてこう言ってもらえることは、リゲルにとって、これから彼が成し遂げようとしていることに対しての大きな励ましになった。

 とりあえず、彼らは一日も早くユル・ストラディウムに帰りたかった。何よりも、ソレイルから託された書物を解読しなければならない。ソレイルも言っていた通り、この書物の文章は暗号化されており、とても二日や三日で読めるようになる代物ではなかったのだ。

 今は一刻も早く暗黒帝国の手の届かぬ安全なところまで帰り、書物を解読しなければならなかった。

 帰路は、来るときの雪もだいぶ溶けており、旅は思いがけなく順調に進んでいった。

 彼らはアウロンの海岸をひたすら南に進路を取った。

 アウロンの美しい浜辺は彼らを歓迎し、天空の太陽が、まるで輝きの神オザンが与えた恵みのごとく、彼らの頭上に柔らかく暖かい陽を注いでいた。

 そして、いつしか彼らはラウ・アウロンを越え、再びストラディウムの勢力圏にその足を踏み入れたのだった。

 

 

 ある日の夕刻、ついに彼らはユル・ストラディウムに到着した。

 そして例によって「夜更けの晩餐亭」に宿を求めて立ち寄ったのだが、そこで彼らは意外な人物と出会うことになったのだった。

 「夜更けの晩餐亭」の娘であるルナは、玄関代わりの酒場で彼らの帰還をひとしきり喜んだ後、一行を奥の宿へと連れていった。

 そこで、その意外な人物は待っていた。

「あなたは‥‥‥。」

 リゲルは少し驚くように、その女性に声を掛けた。

 そこにいたのは、赤く燃えるような長い髪と瞳を持った美女、あのアマゾナだった。

「殿下。お帰りをお待ち申し上げておりました。」

 アマゾナはリゲルの前に跪くと、その視線をリゲルの瞳に合わせて言った。

 リゲルもケルベロスも、訳が分からない様子でアマゾナの声を聞いていた。

「いったい、どうしたって言うんですか、アマゾナさん。」

 リゲルは彼女に声を掛けたが、本当にどうなっているのか皆目見当がつかなかった。

 リゲル達は、前回「夜更けの晩餐亭」に滞在したときに、暗黒帝国のザカール将軍の襲撃を受けた。その際、リゲル達が暗黒魔術師ウィーダの魔法の前に危うく命を落としかけた時に、その窮地を助けてくれた女戦士こそ、このアマゾナだったのだ。

「私は、殿下にお仕えするために、この宿でお待ちしておりました。」

 アマゾナはそう答えたが、リゲルは余計に何のことやら分からなくなってしまった。

 アマゾナには命を助けられたことがあるとはいえ、リゲルは彼女に対して、こんなことを言ってもらえるようなことをした記憶は全くない。それに、以前のときのアマゾナとは何だか雰囲気も違うし‥‥‥。

 アマゾナも、リゲルが困惑しているのを感じて、順を追って説明を始めた。

「私には、生まれて以来兄がいました。いえ、今もどこかできっと生きているに違いありません。というのは、私は生まれてすぐに両親を失い、兄と二人でキャラバンを転々として生きてきたのです。そんな中で、兄は八年前に暗黒帝国の奴隷として捕まってしまいました。私はそれ以来、暗黒帝国から兄を救うべく戦士の道を選びました。そして先日、殿下とお逢いした時、私は感じたのです。殿下と共に戦うことこそ、私が戦士として生きてきた証なのだと。」

 リゲルは、よく分からないながらも少しは話の概要を理解したが、特に腑に落ちない部分があった。

「じゃあ、お兄さんはどうするんですか。」

 そのリゲルの疑問に、アマゾナは迷うことなく答えた。

「殿下と共に暗黒帝国を滅ぼせば、おのずと兄は助かりますわ。」

 しかし、リゲルはこのアマゾナの申し出を引きうける気にはなれなかった。何よりも、彼らがこれから成そうとしていることは、たとえ命が幾つあっても足りそうにないことなのだ。確かに、帝国の将軍をさえ打ち倒した彼女の実力は欲しいところだったが、だからといって、彼女を殺すも同然の返事をするわけにはいかない。

「私に従うということは命を捨てると同じこと。とても、あなたの希望を叶えるわけにはいきません。」

 それでもアマゾナは、リゲルから視線を外そうとはしなかった。彼女もまた、自らの運命を自分の力で切り開く決心を持っていたのだ。

 その時、一行の後ろからルナが出てきてリゲルに言った。

「リゲルさん、彼女の話は本当なんです。彼女、リゲルさん達が旅に出てすぐに追いかけて行ったんだけど、追いつけなくて帰ってきたんです。ここならリゲルさん達がまた立ち寄るだろうからって、今日までずっと待ってらしたんですよ。彼女の申し出を受けてあげてください。」

 その後を受け継ぐようにアマゾナが言った。

「この時代に生を受けた以上、たとえ平和に暮らそうとしたところで命の保証はありません。ならば私は、何もしないで死んでいくことなんてできません。たとえ殿下が拒まれたとしても、私は勝手に後をついていくだけでしょう。」

 リゲルがしばらく考えていると、ランドルフが進み出てきて言った。

「殿下、お受けください。このユルセルームを救うのは、もしかすると彼女のような心なのかも知れません。決して、人々の勇気を拒まれてはなりませぬ。」

 リゲルはその言葉に促されて、アマゾナの瞳を強く見つめた。

 そして、彼は微笑むと、その手をゆっくりと差し出して、いつまでも視線を離さぬアマゾナを立ち上がらせたのだった。

 

 

 翌日、彼らは新たに仲間となったアマゾナを加えて、早々と「夜更けの晩餐亭」を後にした。

 ルナと主人のザスタは、僅か一日での彼らの出発に大変不満げだったが、リゲルは後日ゆっくりと滞在することを約束し、その場を切り抜けた。

 リゲルも「夜更けの晩餐亭」が大好きだったが、とりあえず今はストラディウムへ赴かなければならない。どのみち、ソレイルから受け取った書物を解読するのには多くの時間が必要なのだ。その時にここに戻って来ればいい。

 こうして一九一四年二月二十日、彼らは遂にストラディウムに到着した。

 

 

 ストラディウム国王ジルタニア四世は、王宮の大広間で一同を迎えた。

「リゲル王子、今回の旅は収穫の大きい旅であったようじゃのう。世も嬉しく思うぞ。」

 リゲルは、数多くいる貴族達の前で王に跪き、今回の旅の報告をした。

「はい、陛下。今回の旅では、その成果は基より、私自身も数多くの収穫を得ることができました。」

 国王は、シルバーランドの王子の言葉に満足げにうなずいて、次の言葉を待った。

「私は、この旅でたくさんの経験を身につけました。一度は帝国軍に捕らえられ、その恐ろしさを実際にこの身で体験しました。帝国三軍神の一人セイル・アスラムの前では、私などはまだまだ只の未熟者に過ぎません。また、この世界には、多くの人々の喜びや悲しみに満ちていることも改めて感じました。山賊の行いを恐れている村、様々な種族が分け隔てなく共存している街、いつ何時滅ぼされるかもわからない街で怯えながら暮らす人々、またそんな街でも自らが生きるために精一杯戦う人達。そんな人々が、今後私が私の役割を全うしていく中で大きな糧となってくれることでしょう。」

 国王は、うなずきながらリゲルの言葉を聞き終えると、ようやく話の核心に触れた。

「さて、魔術師ソレイルのことじゃが、その成果の方はどうだったのじゃ。」

「はい、今回私は、暗黒帝国皇帝を打ち倒すための大きな鍵を知るに至りました。」

 その時、大広間が大きなざわめきに包まれた。

 そして、国王が手を翳してその混乱を静めると、リゲルは言葉を続けた。

「しかし、今はその為の第一歩を踏み出したにすぎません。今申し上げたように、今回の旅では、あくまでもその鍵を手に入れたにすぎないのです。暗黒帝国を打ち倒す本当の力を身につけるまで、これからも私の旅は続くことでしょう。しかし、とりあえず今は、その鍵の謎を解くことに専念しようかとも思っております。」

 ジルタニアはしきりにうなずくと、今度はリゲルに向かって言葉を発した。

「ところでリゲル王子。帝国が、また新たな目論見を企てている形跡が見られるのだが。」

 リゲルは、ジルタニアの危惧するところを詳しく聞くために、視線を上げて国王の顔を見た。

「それというのも旅人達の噂から推測されることなのだが、どうやら帝国軍は再び攻勢に出る準備を整えているようなのだ。ところが困ったことに、奴らの攻撃の目標に見当がつかない。ルイスは、ロードンかユル・ストラディウムがその目標でないかとは言っておる。既に、ヘラクレスに二個軍団を与えてロードンに赴かせてはおるが、そなたには是非、ユル・ストラディウム防衛の任についてもらいたい。」

 リゲルはこの国王の申し出に深く頭を垂れた。

「勿論、そなたには暗黒帝国皇帝を倒すための謎を解くという、ユルセルームの平和に課せられた最も重要な使命がある。しかし、その謎を解くにも時間が必要であろう。」

 シルバーランドの王子は、そのジルタニアの言葉に二つ返事で答えた。

「陛下のご配慮、謹んでお受けいたします。」

 

 

 リゲルと、彼が率いることになったストラディウム第一二軍団の準備は、僅か三日のうちに完了した。

 この軍とユル・ストラディウムに常駐している守備軍とが、ストラディウムの玄関先を守るための主力となるのだ。

 リゲルは、準備が整うとすぐに出兵の号令を下した。

 軍団は幾隻もの船に分乗して、ストラディウムの港を離れていった。

 リゲルは、白銀色に輝く鎧兜と薄紫のマントに身を包み、船の舳先から遥か水平線を見つめていた。

 彼は、シルバーランドに生まれ、遥か北方の地で自らの運命を全うしたソレイルのことを思った。

 多分、ソレイルはもうこの世にはいないだろう。

 ソレイルと彼は、ほんの数分間会話を交わしただけだったが、しかし彼の魂は、確かに今もリゲルの心の中で生き続けていた。

 リゲルは、自分がこれほどまでに多くの人達に支えられているのを幸せに思った。

 多くの人々の願いが、彼に勇気と力とを分け与えてくれるようだった。

 そう、今のリゲルには、彼を包む多くの人々の心を、その胸一杯に感じることができるのだった。


To be Continued



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